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【識者の視点⑤後編】教職員として長期休暇明けの子どもとどうかかわっていくか〜心と体を整えるポリヴェーガル理論の実践〜
福島 美由紀(ふくしま・みゆき )
スクールカウンセラーとして約20年間、小中高等学校で勤務。看護学校2校の非常勤講師として「カウンセリング理論」「メンタルヘルスマネージメント」の講義を担当。スクールカウンセリングでは、不登校、非行、いじめ、友人問題、発達障害のほか、育児不安や家庭の問題など、さまざまな悩みに対応。子どもや保護者の悩みを聞くだけでなく、教職員の相談、研修や講演会、教育プログラムなども手掛ける。
前編では、長期休暇明けに子どもたちの心身に起こりうる変化や、不登校、自傷・自殺といった課題の背景にある「反射」の考え方についてお伝えしました。
後編では、その「反射」を理解し、適切なかかわり方を学ぶための具体的なツール、ポリヴェーガル理論を使った心理学モデルである「ポリ語」についてご紹介します。この考え方に基づいた子どもや自分自身の心身のケア方法、そして「協働調整」という視点を取り入れた、子どもたちとのより良い関係構築に役立つヒントをお伝えします。
心と体の正直な関係「ニューロセプション」
前編でお伝えしたように、子どもたちの困った行動は「心身の反射」です。これは、心と体が正直に関係していることを示しています。ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)を提唱したことで知られる、精神生理学・行動神経学者のステファン・W・ポージェス博士はこれを「ニューロセプション」と呼びました。

教職員のみなさんも、頭では「大丈夫」だと思っていても、体が言うことを聞かないという経験をされたことはありませんか?私はかつて、息子が怪我してしまったときに、頭では「よかった、命に別状はない」と思っていても、足に力が入らなくなって立てなかったことがありました。また、ある悩み事で37.7℃まで熱を出したこともあります。これは、自律神経が不調になったことによる体の正直な反応です。このように、心と体は独立したものではなく、互いに影響し合っています。
心と体を整えるポリヴェーガル理論
自律神経は「交感神経」と「副交感神経」の2種類だと思っておられる方が多いかもしれません。車に例えると、交感神経がアクセル、副交感神経がブレーキです。しかし、ポージェス博士が提唱したポリヴェーガル理論は、副交感神経には2種類あることを明らかにしました。
この理論では、心身の状態を次の3つのモードで捉えます。
①赤モード(交感神経)
興奮、怒り、活発な状態です。「勝負モード」とも言えます。危険を察知したときに「戦うか、逃げるか」という反射が働きます。
例:指導するときにカッとなる教職員、反抗的な子ども、スポーツをしているときなど。

②青モード(背側迷走神経複合体)
停止、フリーズ、シャットダウンの状態です。「省エネ充電モード」とも言えます。身の危険を感じ、戦うことも逃げることもできないときに、心身が動かなくなる反射です。
例:不登校の子ども、うつ状態のおとな、メンタル不調な人など。

③緑モード(腹側迷走神経複合体)
安心、安全、リラックスした状態、いわゆる「リラックスモード」。哺乳類に特有の神経で、仲間と「繋がって生き延びる」ために発達したモードです。
例:お風呂に入っているとき、安心できる人と話しているときなど。

怒りや反抗(赤モード)も、無気力や引きこもり(青モード)も、決して悪いものではありません。それは、心身が自分を守るために起こす自然な「反射」なのです。大切なのは、今、自分がどのモードにあるのかを自覚することです。そのうえで、心身が健やかに回復し、他者と良い関係を築くためには、安心・安全な緑モードに近づけることが大切です。ここからは、その具体的な方法を考えていきましょう。
体から心にアプローチする具体的なケア
不登校の子どもたちや自傷を繰り返す子どもたちは、辛い感情を「言葉」にすることが苦手なことが多いです。その場合、心に直接アプローチするよりも、体から整えてあげる方が、変化を実感しやすく、効果も早いのです。
①刺激的な置換スキル(リストカット以外)による対処法
自傷に頼る子どもたちは、「赤モード」と「青モード」の間で苦しんでいることが多いです。こうした負のサイクルから抜け出すために、別の発散方法を提案してあげることが有効です。
《香りを嗅ぐ》
香りは快・不快にダイレクトに影響します。アロマオイルをハンカチに垂らして持たせてあげるなど、リラックスできる香りを身につけることで、「緑モード」を活性化させるのもおすすめです。
《氷をかむ・当てる》
リストカットの代わりになることがあります。強い刺激で興奮状態(赤モード)を鎮め、クールダウンを促します。
《筋トレ》
自分の体を追い込むことで、脳内麻薬(エンケファリン、ベータエンドルフィン)が分泌され、快感や恍惚感が得られる可能性があります。「赤モード」のエネルギーを健全に消費し、心身のバランスをとる助けになります。
②呼吸で自律神経を整える対処法
自律神経は自分でコントロールすることはできませんが、呼吸だけは自分で調整することができます。「自らの心」と書くように、「息」を整えることは心を整えることにつながります。
《ストロー呼吸法》
指をストローのように立てて、「フーッ」と長く息を吐き出すだけの簡単な呼吸法です。息を吐くことで副交感神経が優位になり、リラックスした緑モードに入りやすくなります。
《五本指呼吸法》
子どもたちにとても分かりやすい呼吸法です。親指から小指まで、指をなぞりながら息を吸って吐くを自分のペースで繰り返します。 意識を呼吸と指の動きに集中させることで、「赤モード」と「青モード」の状態から抜け出し、「緑モード」に戻る助けになります。
③体を動かして自律神経を整える対処法
《筋弛緩法》
緊張が強い赤モードのときに有効です。梅干しを食べたときのように顔全体をギュッとすぼめる。その際、後頭部にも力を入れ、3秒ほどキープしてから、フッと力を抜くと、リラックスモードに近づくことができます。
《背骨を動かす体操》
エネルギーが出ない「青モード」のときに有効です。朝に背骨を動かすのがおすすめです。肩甲骨や背骨を動かす簡単な体操をとりいれてみてください。体が動き出すことで、青モードから赤モード、そして緑モードへと移行しやすくなります。
信頼を築く「協働調整」という視点
子どもたちが心と体を立て直すためには、誰かの助けも必要です。特に重要なのは「協働調整」という視点です。これは、安心できる人と一緒にいて、その人が自分の気持ちをわかってくれる、代弁してくれることで、自分の心身の状態を整えられるという経験です。
不登校や自傷をする子どもたちは、幼少期に協働調整を経験する機会が少なかったり、「悲しいね」と共感してもらう代わりに「泣くな」「負けるな」と叱られたりしてきた可能性が高いです。だからこそ、私たち教職員が、安心できる「協働調整」を経験させてあげることが、彼らの回復につながるのです。
具体的には、子どもたちと接する際に、以下のポイントに注目してください。
《声と表情》
まず、子どもたちの声のトーンや顔の表情に注目してみてください。表情が硬い子は緑モードが少ないサインです。そして、私たちの笑顔だけでも子どもたちは安心します。
《共感的な声かけ》
「腹が立ってるんだね」「今はちょっと悲しいんだね」と、子どもの気持ちを「わかってるよ」という共感的な言葉で返してあげてください。
《「リストカットはやめなさい」は「やめなさい」》
自傷行為に対しては、「やめなさい」とただ言うだけでは、子どもは「この人はわかってくれない」と感じ、関係が作りにくくなります。「助けて!」という子どもたちのサインだと受け止めてあげてください。
《「一緒に」という言葉》
緑モードは「つながるモード」です。「じゃあ、先生と一緒に宿題をやろうか」というように、「一緒に」という言葉は子どもたちに安心感を与えます。

子どもが「赤モード」で怒っているときも、「青モード」で引きこもっているときも、まずはその状態を「今は何かを守ろうとしているのだな」と認めてあげてください。その上で、「緑モード」を意識して、安心できるかかわりを取り入れてみてください。
このポリヴェーガル理論を使った心理学モデルである「ポリ語」は、教職員のみなさん自身のセルフケアにも役立ちます。自分がどのモードにいるのかを知り、意識して「緑モード」を増やすとりくみをすすめることで、教職員のみなさんも健康に学校生活を過ごすことができるでしょう。
