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2026/02/16 教育関連記事

【識者の視点⑦後編】子どもの権利保障としての条件整備――給特法・部活動・授業時数から考える「持続可能な学校」

【識者の視点⑦後編】子どもの権利保障としての条件整備――給特法・部活動・授業時数から考える「持続可能な学校」

 

田中 真秀(たなか まほ) 大阪教育大学 大学院連合教職実践研究科 准教授

滋賀大学卒業、京都教育大学大学院教育学研究科修士課程修了。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程単位修得満期退学。専門は教育行財政学と学校経営学。特に教職員の給与制度や働き方、義務教育諸学校における「教育条件整備」の法的・財政的構造を主要な研究テーマとしている。 主な共著に『教員の長時間勤務問題をどうする?―研究者からの提案』(世織書房)、などがある。

 

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前編では、TALIS 2024の結果と教育条件整備の現状、そして「少子化=予算減」という議論について述べました。後編では、現在議論の焦点となっている「給特法」や「部活動の地域移行」、「授業時数」といった具体的なテーマについて、教育行財政と学校経営の視点から掘り下げます。

 

採用倍率の低下とその課題

近年、教員採用試験の倍率低下が課題となっております。地域によっては「定員割れ」や教員の確保が難しい状況もあり、教育の「質」の維持という点で危機的な状況といえます。この背景には、「学校現場はブラックだ」というイメージが定着してしまったことも大きいでしょう。

文科省が教職の魅力発信を意図して行った「#教師のバトン」プロジェクトが、結果として現場の深刻さを浮き彫りにしてしまうという事態もありました。教職の魅力を伝えることと同時に、学校という場における「働き方」の制度を今まで以上に整備する必要があるのではないでしょうか。

働き方改革は、現職の教職員のためだけではなく、未来の教職員、そしてその教職員に出会う子どもたちにとっても重要なことです。

 

 

給特法と教員の処遇改善

働き方改革として着目されているのが「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」です。私はこの法律の成立過程から研究していますが、「教職調整額4%や10%」という数字にだけ着目するのではなく、しっかりとその意味を知ることが重要であると考えています。この法律が成立する過程においては教員の職務の特殊性から定量的に測ることができない業務(特別手当で保障)と定量的に測ることができる業務(残業代)に分けるということも議論されておりました。こうした、教員の職務の無境界性や不確実性について検討する必要があります。また、タイムカードで業務管理することは重要ですが、持ち帰り仕事などタイムカードでは管理できない業務があることへの対応も不可欠です。

 

学生に講義をしたり、現職教員の研修をする中で、多くの教員が「教職調整額」の意味を知らないことに驚かされます。自分の給与明細をあまり見ておらず、なぜ残業代が出ないのか、この4%がどういう意味を持つのかを知らないまま、「子どものため」というやりがいだけで頑張っている。 教員の「頑張り」自体は尊いことですが、制度を研究する立場からすれば、その「頑張り」に制度が追いついてないことはば非常に危うい状況だと捉えます。

 

中教審などでも議論された「教職調整額の増額」や「残業代支給」については、もし完全な残業代支給(時間外勤務手当)に切り替えるとなると、現在の教育予算の枠組みでは到底足りません。「教職調整額を払っているから残業させていい」という誤った運用にはならないようにしつつ、教育予算の総枠をどう増やすかという国民的な合意形成が必要です。

 

授業時数のあり方と「柔軟性」の確保

教員の働き方と密接に関わるのが「授業時数」の問題です。標準授業時数の削減なども議論されていますが、私は「時数を減らす」ことと同時に、「柔軟性を持たせる」ことが重要だと考えています。

 

例えば、学校の実情に合わせて、少人数指導を行う場面と、クラス全体で活動する場面を柔軟に組み合わせたり、教員ごとの持ちコマ数を調整したりできるような「余白」が必要です。小学校における教科担任制の導入もその一つですが、単に制度として導入するだけでなく、人事配置も含めて考える必要があります。高学年では専門性がいかせますが、低学年では子どもと担任との愛着形成が重要です。また、教科担任制を固定化しすぎると、異動先で「理科が得意な先生ばかり集まってしまった」というようなミスマッチも起きかねません。この点は、人事配置と働きやすさを一貫して捉えることが重要なのではないでしょうか。

 

授業時数の議論においても、時数を減らすだけにとどまらず、学校組織として柔軟に運用できる裁量(マネジメントの余地)を広げ、それを可能にするだけの人員配置(余裕)を持たせることが、結果として教員の負担軽減と教育の質の向上につながると考えます。

 

スクラップ・アンド・ビルドと「体験の格差」

「働き方改革」の視点から、一人ひとりの教職員の業務削減(スクラップ)は重要ですが、単に今ある「活動」を「学校から切り離せばいい」という議論には慎重であるべきです。例えば、部活動の地域移行に関しては、子どもの権利保障の観点から若干の懸念を持っています。

 

地域移行がすすみ、部活動が「習い事」と同義として位置づけられると、経済的な余裕のない家庭の子どもが排除されるリスクがあります。「相対的貧困」の問題において、最も深刻なのは「経験の格差」です。学校の教育活動を含めて、様々な活動をすべての子どもに等しく経験を保障する「セーフティーネット」としての機能であるという意識が重要です。効率化だけをすすめると、格差はますます固定化してしまう恐れがあります。そのためには、部活動の地域移行は、すべての子どもがアクセスできる公的な受け皿の整備とセットで行うことが必要です。

 

教育予算をどこに重点配分すべきか

何より重要なのが「ヒト」への投資です。 「人は人が育てる」と言いますが、次の社会や未来を創るのは子どもたちであり、その子どもたちを育てるのは教職員です。教職員が疲弊し、暗い顔をして働いていては、子どもたちは未来に希望を持てません。教職員がイキイキと働き、子どもたちとしっかりとむき合える環境を創ることは、社会全体への希望(投資)なのです。

 

そして、「安全・安心」の確保です。子どもたちにとって学校は、安全・安心でなければなりません。多くの地域では、学校は災害時の避難所に指定されています。しかし、空調のない体育館で、夏場や冬場に避難生活を送るのは過酷です。学校の施設整備に予算をかけることは、子どものためだけでなく、地域住民の命を守ることにも直結する場合もあります。ここへの投資を惜しむことは、地域社会のリスクを高めることと同義です。

 

社会への発信と「子どもの権利保障」としての条件整備

教育予算を増やすためには、国民の理解が不可欠です。学校運営協議会などを通して、地域や保護者が学校の内情を知り、「教職員はこんなに大変なのか」「予算が足りないことが子どもの不利益になっている」と理解し発信してくれることが、予算獲得の後押しになることもあります。

 

そうして社会全体で学校を支えることは、子どもたちへのメッセージにもなります。 何かあったときに「おとながみんなで見守っている」という安心感をつくること、そして子どもたちの小さな声を聞き逃さないこと。これはまさに「子どもの権利」を保障することに他なりません。

 

教職員だけでなく、地域や保護者も含めたおとな全員が、「自分たちが子どもの未来に関わっているのだ」という当事者意識を持つこと。単にモノやカネを増やすだけでなく、こうした「子どもの権利」を守るための“おとなたちの意識と環境”を整えることこそが、本当の意味での「教育条件整備」なのだと思います。

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