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【識者の視点⑩】高いところに逃げるだけでよいのか?―東日本大震災から考える複合災害時の避難
中野元太(京都大学防災研究所・巨大災害研究センター・准教授)
専門は、リスクコミュニケーション、防災教育、地域防災、国際支援。日本国内外で地域防災や防災教育の実践的研究を行う。立命館大学歴史都市防災研究所・客員研究員、防災教育学会理事、日本自然災害学会編集幹事。著書(分担執筆)に「天変地異のオープンサイエンス : みんなでつくる科学のカタチ (新曜社)」、「災害復興学事典 (朝倉書店)」。
「津波のときは素早く、高台に避難しよう」
この原則は変わりません。津波避難訓練を通して、指定されている避難場所や避難ビル、避難タワーに逃げる練習を繰り返しておくことは重要です。高台にいる限り、確かに津波から逃れられますが、避難で考えておくべきは、津波だけでしょうか?高台に逃げる訓練で終わっていると、私たちは東日本大震災から何も学ばなかったということになってしまいます。では、私たちは何を見落としているのでしょうか。
津波火災
福島第一原子力発電所事故の影響が大きすぎて、専門家は注目していますが一般にはあまり注目されなかった複合災害の一つに、津波火災があります。津波火災とは、その字の通り、火災が津波とともに押し寄せる現象です。
津波は家屋や自動車、プロパンガスボンベ、あるいは被害を受けた貯油タンクから漏れ出した燃料を押し流します。つまりたくさんの可燃物が流されています。そこに何かの原因(たとえば、電気系統や金属の接触から生じる火花等)で発火します。家屋や自動車、その他の可燃物が重なり合いながら燃え、津波に押し流されて、人々の避難先へと迫るのです。
東日本大震災では159件の津波火災が発生しています。たとえば、宮城県石巻市の門脇小学校は震災遺構として保存されていますが、津波火災で校舎が黒く焼け焦げてしまっています。もし子どもや避難者がいたらと考えてしまいます。

出典:E-S-P, Kadonowaki Elementary School after Tsunami, CC BY-SA 3.0
岩手県大槌町でも小学校が津波火災の被害を受け、津波火災は林野火災へと延焼し、人々の避難場所近くにまで迫りました。宮城県気仙沼市でも石油流出による津波火災が発生し、避難場所近くまで火災が迫ったことが確認されています。
とある学校の避難場所
小さな漁港がある集落の小学校を訪れたことがあります。そこは南海トラフ地震による津波が想定されているところで、津波防災教育や避難訓練にとりくんでいました。地域には木造家屋が並び、プロパンガスを使っています。港には漁船も停泊しています。のどかで美しいまちです。高台になっている避難場所に行ってみると、高さは十分だけども、避難場所の背後は急な斜面かつ森林になっていました。つまり、津波が押し寄せると瓦礫が集中しやすい地形になっているうえに、一度避難をしてしまえば、さらに高いところへと移動することができないようになっていました。
もし瓦礫に火がつけば、その火から離れることはできません。乾燥している時期と重なれば容易に林野に延焼することも考えられます。行政の指定を受けてはいるものの、津波火災のリスクも考慮して別の避難ルートも提案をしました。避難ルートは変わりますが、そこに逃げ込めば、仮に津波が押し寄せ火災が迫ったとしても、多方面に避難することができます。
避難場所を見直す
さて、みなさんが勤めている学校やお住いの地域に置き換えて考えてみてください。津波避難訓練で、高いところに逃げて万全と思いこんでいませんか?実は、現在指定されている避難場所や津波避難ビル、津波避難タワーは、津波火災のことはほとんど考慮されていません。また津波火災がどのように発生するかを予測することはとても難しいですが、南海トラフ地震によっても発生することが想定されています。避難場所をぜひ再検討してみてください。
具体的に避難場所を再検討する際は、以下のポイントを確認することが重要です。

周辺の状況と漂流物のリスク
避難場所の周辺、特に避難場所の海側に、木造住宅が密集していたり、車が多かったりしませんか?それらが津波で流されてきた場合に避難場所に集積し、津波火災が発生する可能性があります。
津波避難ビルの防火性能
避難場所が津波避難ビルの場合、防火扉などの基本的な防火性能がありますか?低層階に津波火災が到達した場合、上階に向かって延焼する可能性があります。その延焼拡大を防止する必要があります。
津波避難タワーの耐熱構造
避難場所が津波避難タワーの場合、避難フロアに火災の熱を伝えにくい構造になっていますか?タワー下部に可燃物が漂着して発火した場合、下部からの熱によって避難者が危険に晒される恐れがあるため、熱を遮断する対策が求められます。

火災の原因となる施設の有無
近くに石油貯蔵施設など、津波火災の原因となる施設はありませんか?被害を受けた施設から漏れ出した燃料が津波に乗って広がり、火災を大規模化させる危険性があります。
延焼リスクと二次避難ルートの確保
避難場所が高台であっても、周囲に可燃物や森林が少なく、延焼リスクが低いことを確認できていますか?また、さらに高い避難先へ移動できる余地はありますか?万が一、火災が林野などに延焼して迫ってきた場合でも、火の手から離れて多方面に逃げられるルートが確保されていることが大切です。
ほかの複合災害リスクへの警戒
地震による土砂災害等、ほかの複合災害リスクはありませんか?津波や火災だけでなく、地震の強い揺れによるがけ崩れなど、避難場所そのものが抱える別の危険性にも目を向ける必要があります。
東日本大震災がわたしたちに教えてくれたのは、複数の災害が連鎖する状況を想像し、その中でよりよい判断を重ねていくことの重要性です。「高いところに逃げる」という原則を守りながらも、複合災害も想定内に入れることで、みんなが助かることに近づいていくことができるのです。
