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- 【イベントリポート④前編】次期学習指導要領改定を見据えて――教育現場から「包括的性教育」を問い直す
【イベントリポート④前編】次期学習指導要領改定を見据えて――教育現場から「包括的性教育」を問い直す
子どもたちを取り巻く現実は、いじめ、不登校、さらには過去最多を記録し続けている10代の自殺と、極めて深刻な事態に直面している。こうした状況下で、子どもが自分自身の生を肯定し、他者と対等かつ尊重し合える関係を築くための「生の羅針盤」として、包括的性教育(CSE:Comprehensive Sexuality Education)の重要性が改めて問われている。
2026年2月、東京において「CSE HUB 情報交換会」が開催された。本会には教育、医療、福祉、民間企業、市民団体など、多様なフィールドから50名を超える専門家や実践者が結集。次期学習指導要領改定の議論が本格化する中、教育現場からどのような声を届けるべきか。本稿前編では、長年この分野の理論と実践を牽引してきた立教大学名誉教授の浅井春夫さんによる基調講演の内容を詳述する。
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「からだ」の再発見――人権教育の起点として
立教大学名誉教授の浅井春夫さんは基調講演の冒頭、現行の学校教育における性教育が、「からだの学習」として極めて不十分である現状を鋭く指摘した。道徳の授業などで「自分や他者を大切に」という抽象的な精神論が繰り返される一方で、その主体である「からだ」の科学的理解や、からだの自己決定権(ボディ・ライツ)を教えることは、常に「適切ではない」として遠ざけられてきた。
浅井さんはガブリエル・ブレア著『射精責任』の内容を引き合いに出し、男女の生殖能力における圧倒的な格差を具体的数値で提示した。男性の生殖可能日数が12歳から80歳までの生涯で約2万4820日に及ぶのに対し、女性が排卵によって受精可能となる時間は月におよそ24時間、生涯を通じてもわずか480日程度に過ぎない。この「約50倍の格差」があるにもかかわらず、望まない妊娠や中絶の責任、あるいは避妊の苦労の多くは女性側に偏って押し付けられてきた。
「射精は自らの意志でコントロール可能な行為であり、主体的な判断が伴うものである」という浅井さんの提言は、従来の「男女共同責任」という耳あたりの良い、しかし責任の所在を曖昧にする表現に終止符を打つものだ。性教育とは、男性側に自らの身体能力が持つ社会的・倫理的影響力を自覚させ、女性側には自らの身体の主人公としてNOを言う権利を保障する、双方向のエンパワーメントでなければならない。
抑制的性教育が抱える歴史的限界とパターナリズム
戦後の日本の性教育を概観すれば、その変遷は常に「管理と抑制」の歴史であった。戦後の純潔教育に始まり、性感染症への恐怖を煽ることで行動を縛る「恐怖教育」、そして1950年代の指針を今日まで引きずる現在の「抑制的性教育」へと至っている。学習指導要領に今なお深く刻まれている「歯止め規定」の根底にあるのは、「知識を与えすぎると子どもは性の逸脱に走る。情報を制限することこそがおとなの責任である」という、根拠なきパターナリズム(父権的な干渉)である。
しかし、浅井さんは「人生とは、自己決定能力が試される連続である」と看破する。学校を卒業した瞬間から、若者たちは情報の荒波の中で、自らの性や身体に関する無数の選択を迫られる。その際、学校で「教えられなかった」ことは、彼らを無防備な状態に置き去りにすることに等しい。予期せぬトラブルや暴力の危機に直面した際、自らを守り、助けを求め、適切な判断を下すための「オールラウンドな対応力」を育むこと。これこそが、ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」が示す包括的性教育の核心である。
現在、文部科学省がすすめる「生命(いのち)の安全教育」においても、教材の主眼が「からだ」である以上、肝心の「いのちの始まり」や身体的接触の科学的・倫理的プロセスをタブー視し続けることは、教育的合理性を著しく欠いていると言わざるを得ない。

新自由主義的優生思想への対抗軸と「からだの権利」
さらに浅井さんは、現代社会において、効率性や「自律的な個」の度合いによって人間を選別・分断する新自由主義的な潮流が、AIやデジタルの活用という名目で教育・福祉現場に浸透していることに強い警鐘を鳴らした。能力によって価値を決められる社会において、子どもたちは常に「自分は価値があるのか」という不安に晒されている。これに対抗する概念が「SRHR(性と生殖に関する健康と権利)」であり、その核心には、以下の「からだの権利」が据えられるべきであるとした。
「私のからだは、私の自己決定権の主人公である」
「私が感じる痛みは、生命を保護するための安全機能である」(痛みを我慢させない教育)
「私のアイデンティティは、私が決める」
これらは単なる標語ではない。教室において、すべての子どもが「自分のからだの主権者」であることを実感できるような教育実践が積み重ねられたとき、いじめや暴力、そして自己否定の連鎖を断ち切る力が生まれるのである。
教育現場から始める「社会変革」
浅井さんの講演は、「性教育は社会変革の教育である」という力強いメッセージで締めくくられた。多忙を極める教職員にとって、性教育は往々にして「主要教科ではない付随的なもの」として扱われがちだ。しかし、子どもたちの命が失われ、尊厳がふみにじられている現状を見れば、これこそが最優先されるべき「生きるための教育」だといえるのではないか。ジェンダー平等や平和な社会を構築するための「土台」として、性教育を再定義する。この視点の転換こそが、次期学習指導要領改定にむけた教育現場からの最大の抗いであり、提言となるはずだ。
続く後編では、このCSE(包括的性教育)の理念を多様な手法で具現化している各団体の活動報告と、参加者全員による熱気あふれるラウンドテーブルの様子から、明日からの実践への手がかりを探る。
【3月11日開催】浅井春夫さんと学ぶ包括的性教育の最前線(オンライン勉強会)

浅井さんの提唱する、学習指導要領の枠組みを超えた「科学的・包括的な性教育」をいかに学校現場で実践すべきか。具体的な言葉選びや教材活用のノウハウをより深く学ぶ機会として、3月11日にオンライン勉強会(Zoomウェビナー)を開催します。子どもたちの権利を守り、多様性を尊重する学校文化を共に創造したい教職員のみなさん、ぜひご参加ください!
