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2026/04/03 教育関連記事

当たり前に揺さぶりを– 音と言葉で多様性の種を蒔く(前編)

片岡亮太(かたおかりょうた)和太鼓奏者・パーカッショニスト・社会福祉士

1984年静岡県生まれ。11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。2007年上智大学文学部社会福祉学科を首席で卒業。2011年、ダスキン愛の輪基金の研修生として1年間ニューヨークへ渡り、コロンビア大学大学院にて障害学を学ぶ。2025年大阪・関西万博への出演や、JICA調査団員としてドミニカ共和国で演奏・指導を行うなど、国内外で幅広く活動を展開。現在は筑波大学附属視覚特別支援学校音楽科非常勤講師も務める。


 

「弱視で生まれ10歳で失明。その後、地元の盲学校へ転校し、授業の中で出会った和太鼓でプロに。演奏家として舞台に立ちながら、社会福祉士の国家資格を持つ視覚障害当事者の視点を生かして講演も行っている。」

 

私、片岡亮太のプロフィールを一言で語るならばこのようになります。

 

では、もしも私がみなさんの学校へ伺ったとしたら、どのような音楽と言葉が聞けると想像されるでしょうか?きっと世代や過去の経験、日々の関心事によって答えはさまざまだと思います。ですが、私は、今みなさんが思い浮かべた予想や期待、「障害のある音楽家のパフォーマンス」とか「障害当事者の語り」といったキーワードが自然と想起させるものを、良い意味で裏切りたいと考えています。そのうえで、ハッとしたり、新しい視点を発見できたりする時間をつくりたくて活動を続けてきました。

 

なぜなら、心に投げかけた音と言葉が波紋を生み、それまで「当たり前」だった価値観を揺さぶる、そのようなひとときはきっと、人の考えや行動を少しずつ変え、やがては社会をも動かすエネルギーになると信じているからです。この文章を通じたみなさんとの出会いもまた、みなさんの「当たり前」を揺さぶるものになったら幸いです。

 

独自の演奏スタイル

 

私は毎年、全国各地の学校を訪問して、演奏や講演をしています。その際によく驚かれるのが、一人で太鼓を打っていることです。おそらく、和太鼓に対して多くの人がイメージするのは複数人での演奏でしょう。ですが実際には、独奏者も決して珍しくありません。

 

私が行っている演奏とは、日本古来の楽器である和太鼓を使用して、新たな音楽を創作するというものです。このようなとりくみが始まったのは、第二次世界大戦後のことです。戦禍からの復興のため日本文化を盛り上げようと、郷土芸能や祭礼で使用されてきた和太鼓に注目が集まりました。ジャズのビッグバンドやマーチングバンドなど、新たな音楽の要素を取り入れた結果、それまでにはなかった、モダンなリズムを多用した大人数による合奏という「現代の和太鼓」が誕生します。

 

やがて一部のグループが、より芸術性の高いプロフェッショナルな表現を模索するようになり、さらに今から50年ほど前には、独奏で舞台を構成する奏者も現れました。その後、海外での評価の高まりにより世界的なブームが到来したことで、今日では国内外の奏者が多様な演奏を披露しています。

 

 

そのような潮流の中で、私が編み出したのが、大小さまざまな種類の和太鼓を中心に、西アフリカの太鼓「ジャンベ」やペルーの打楽器「カホン」をはじめ、各国の楽器や歌、モンゴルで「ホーミー」と呼ばれる独特な発声法など、古今東西の音を盛り込んだ演奏です。近年は、公私ともにパートナーである、ジャズホルン奏者で作曲家の山村優子との共演も交えているため、バリエーションはさらに広がりました。一風変わったパフォーマンスではありますが、これは全盲の私が、音を主軸に和太鼓を受け止めてきたからこそ構築できた、片岡亮太ならではのスタイルだと考えています。

 

「ボーダーレス」な音楽がめざすもの

 

独自性が高いことは奏者にとって強みである一方、日常の中で自然と耳にする音楽とは結びつかないことから、「違和感」を抱かれてしまう可能性もあります。特に学校での演奏のように、自分たちの意思で能動的に参加しているわけではない場においては、子どもたちが「きょとん」としているなと思うことがほとんどです。ひそひそと話す声や肌に伝わる空気感から、子どもたちだけでなく教職員までもが、たくさんの「?」を浮かべていると感じることもたびたびあります。

 

ところが、実際に演奏がスタートすると、その雰囲気は少しずつ変化していきます。未知の音に対する困惑より、興味や興奮、楽しさが勝り、演奏後に届く拍手や、思わず漏れる「おー!」という声も大きくなっていくのです。そして最後の曲が終わる頃には、みんなが自然に手拍子をしたり掛け声を上げたりするなど、会場全体が一つになっています。

 

それは私たちが音を通してつながり合えた証です。そこには、視覚障害の有無という「境界」さえもありません。何度経験しても胸が熱くなる瞬間です。

 

音楽は、前例やジャンルに縛られることなく、世代や障害、国籍を飛び越えて一つになれる、まさに「多様性」と呼ぶべき力を内包しています。その実感が、自らの将来や社会の在り方を自由な発想で描き出すための小さな種となって息づいてもらいたい、それが私の願いです。

 

「本気」の熱に触れる

 

私がプロになりたいと思ったきっかけは、二十歳の頃に聞きに行った、ある和太鼓グループの舞台でした。失明して間もなかった小学6年の春、小さな盲学校の音楽室で打ったたった一発の音で私を魅了した和太鼓。以来、盲学校の仲間たちとの演奏を中心にさまざまなステージを経験しましたが、プロを志したことは一度もありませんでした。けれどその日、プロ奏者たちの凄まじい演奏に圧倒されているうち、いつの間にか「この人たちと同じフィールドに立ちたい」と考えていました。

 

あれから20年以上が経った現在、いろいろなご縁に支えられながら、私は国内外で活動することができています。それは思いもよらなかった未来です。一瞬の出会いが人生に与える意味とは、そのくらい大きいものなのだと私は考えています。

 

スマートフォンがあればあらゆる情報が手に入り、数回のタップで世界レベルの芸術やエンターテインメントにさえアクセスできる昨今、画面越しに感動や衝撃に触れることが当たり前になっている子どもたちも多いでしょう。そのような現代だからこそ、「本気」が発する熱を間近から直接届けられる演奏家でいたいと思っています。

 

和太鼓は物理的にも会場が振動するほどの波を生む楽器です。真冬でも汗が滴り、湯気が立つくらい身体を駆使して紡がれるダイナミックな響きを、耳だけでなく全身で受け止める。そんな体験はAIやスマホでは生成できません。まるで小さな風が風車を回し電気を発生させるように、演奏を通じ、子どもたちのもとに「本気」の熱を手渡し、彼らの心を動かして、明日へむかう活力を湧き上がらせたい。そう思うからこそ、より強い風を巻き起こすため、私は日々稽古に励んでいます。

 

けれど、私が情熱を傾けているのは音楽だけではありません。言葉を届けることも大切にしています。次回はぜひその一端に触れてください。

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