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包括的性教育は「生き方の教育」――対話でつくるこれからの学校教育
教育評論家の尾木直樹さんは、包括的性教育の推進を後押しするため、2023年に「一般社団法人包括的性教育研究協議会」を設立し、包括的性教育を実践する個人や団体、専門家をつなぐことを目指すポータルサイト「CSE HUB」を立ち上げました。なぜ今、包括的性教育が必要なのか。凄惨な性的いじめが背景にあった旭川での女子中学生の自死事件や、教育現場の自由な教育を阻む「はどめ規定」の問題をふまえ、教職員や保護者がどのように子どもたちとむき合うべきか。尾木さんの温かくも鋭い視点から、これからの教育がめざすべき姿をひもときます。
私が「包括的性教育(CSE)」に強く関心を持つようになったのは、それほど昔のことではありません。2020年に開催された日本財団主催の「性と妊娠にまつわる有識者会議」への参加をきっかけに、子どもたちの性教育が不足していることを痛感したのが最初の一歩でした。そして、私の問題意識を決定的なものにしたのは、北海道・旭川で起きた、凄惨な「性的いじめ」を背景とした女子生徒の痛ましい自死事件です。
詳しく調べるなかで、彼女が深刻な性被害を受け、SNS時代特有の「性的いじめ」に遭っていた実態が見えてきました。これを知ったとき、現行の学習指導要領における、いわゆる「はどめ規定」を撤廃し、包括的性教育を早急に導入すべきだと確信し、2023年に「一般社団法人包括的性教育研究協議会」を設立し、包括的性教育を実践する個人や団体、専門家をつなぐことを目指すポータルサイト「CSE HUB」を立ち上げました。。私は性教育の専門家ではありませんが、各地で活動する団体をつなぐ「ハブ(中継地点)」としての役割ならば担えるのと考えたのです。
日本は「遅れている」と言うより「取り残されている」
日本の性教育の現状について、よく「遅れている」と言われますが、私は「完全に取り残されている」と表現しています。現在はユネスコなどの5つの国際機関が中心となってつくり、概念を整理してきた「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」がグローバルな指針となっており、欧米を中心に多くの国で「包括的性教育(CSE)」が導入されています。
このガイダンスによれば、CSEは「セクシュアリティについて包括的で正確、科学的根拠に基づき、かつ、各年齢に適した情報を得る機会を提供する」とされています。その内容は単なる生殖や性交の知識にとどまらず、「人間関係」「価値観、人権、文化、セクシュアリティ」「ジェンダーの理解」「暴力と安全確保」「健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル」「人間のからだと発達」「セクシュアリティと性的行動」「性と生殖に関する健康」という8つの主要概念を柱としています。まさに人権教育を基盤に、人間関係を含む幅広い内容を体系的に学ぶ「生きるための教育」なのです。

(出典/画像引用:CSE HUB「包括的性教育(CSE)とは」)
政治の場では今も子どもに性的好奇心を喚起させるような情報をわざわざ与えるなという意味で「寝た子を起こすな」という方がいます。しかし、研究結果によれば、包括的性教育が性的行動を早めたり、性感染症のリスクを高めたりすることはないと証明されています。むしろ、若者たちの性的行動を慎重にさせる効果があり、「寝た子を起こす」という懸念を払拭する結果が明確に示されているのです。
何より、このSNS時代、子どもたちは寝ていても強制的に起こされるような誤った情報の渦中にいます。かつての「善意」は、今や通用しません。むしろ赤ちゃんの時期から、成長に合わせて包括的性教育を繰り返し、段階的に教えながら一緒に考えていくことが重要です。
今、学校現場での教職員の不祥事や性加害が深刻な問題となっていますが、教職員もおとなも社会全体も、これまでまともな性教育を受けてこなかったという歴史的な背景を忘れてはなりません。この空白のなかで今の出来事が起きているのだと、歴史的な欠落を捉え直すことが、今起きている問題にむき合う前提となります。
「学校で教えてもらいたい」という保護者の願い
様々なアンケートなどを見ても、保護者の圧倒的な願いは「学校で性教育をしてほしい」ということです。私は、学校で性教育を実施する際は、ぜひ「保護者への公開授業」にしてもらいたいと考えています。そうすれば保護者にとっても学び直しの機会になります。教職員も、もし自分たちで教える経験がなく自信がなければ、助産師さんや産婦人科のドクターを招いて、体育館で子どもと一緒に話を聞けばよいのです。教育委員会も、保護者の要望をふまえ、遠慮せずにリーダーシップを発揮してもらいたいです。
政府は2023年から「生命(いのち)の安全教育」を始めましたが、地方からは「全く現場に降りてこない」という声が届いています。現場がこれほど「やりにくさ」を感じているのは、やはり「はどめ規定」の影響と、過去の処分事例が尾を引いているからです。
七生養護学校での問題や、数年前の大阪での処分事例などの影響もあり、ほとんどの教員は「火中の栗を拾いたくない」と萎縮しています。また、今の保護者は非常に敏感です。プリント一枚配るのにも細心の注意が必要で、教員が「教養ある尊敬の対象」というよりもフラットな立場になった今、教育現場の苦労は相当なものです。
性教育の土台は「人間関係」と「人権」にある
悩んでいる教員に伝えたいのは、包括的性教育の基本は「人間関係」だということです。いじめやLGBTQ+の問題を含め、相手を尊重し認め合うこと。それはすなわち「人権教育」であり、もっと平たく言えば「生き方の教育」です。そう捉えれば、だれにでもできるはずです。
以前、私は足立区の小学校での授業で「性の多様性はグラデーションである」という話をしました。事前に子どもたちに「男らしさ」「女らしさ」をイメージする言葉を書いてもらい、それぞれの特徴を並べ、自分の感性に合うものに丸をつけてもらったところ、学級全員、両方の側に丸がつきました。「男の子でも女性的な部分があって当たり前。それは揶揄されることではないんだよ」と伝えると、子どもたちは自分自身を見つめ、深く納得していました。
包括的性教育において重要な「同意(コンセント)」も、人権の観点から育むことができます。それは教職員と子どもとの関係において、「子ども参加」の授業や学級づくりができているか、という姿勢に現れます。
おとなが一方的に物事を伝えるだけのスタイルはもう時代遅れです。一人ひとりの人権を尊重し、「子どもの権利条約」の精神にのっとって、子どもを主役におとながサポートする。2022年に12年ぶりに改訂された「生徒指導提要」でも、その点は明らかです。子どもの意見をどんどん引き出し、日常生活や授業に落とし込んでいける教育者になってもらいたいです。
子どもの権利を認めると、わがままになるのか
「子どもの権利条約」を大切にしようと言うと、「子どもがわがままになる」という声がきかれます。しかしそれは、おとなが子どもを一人の人間として対等に見ることができていない証拠ではないでしょうか。
子どもの権利条約には「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」という4つの柱があります。ある自治体では、文字通り子どもたちが中心となって議論した内容を『教育大綱』(教育の根本方針)として取り入れる画期的なとりくみをおこなっています。
子どもたちが自らアンケートを分析し、「学校・家庭・・仲間」へのメッセージを発信したのです。子どもが参加すると、そこには必ず希望の光が見えてきます。おとなが有能すぎる自治体ほど、おとなだけでつくってしまいがちですが、もっと子どもの参加を広めていくべきです。日教組の教研集会などでも、「子ども分科会」を盛大にやると面白いのではないかと思います。

幼児期から「プライベートゾーン」を当たり前に
幼少期からの性教育は「早すぎる」という声もありますが、それは性教育を生殖に関することと限定的に捉えているからだと思います。保育園や幼稚園には小学校のような「はどめ規定」がありません。だからこそ、工夫次第でとりくめるチャンスです。オランダのように赤ちゃんの時から絵本を使っていのちの大切さや「からだの権利」などについて教えれば、小さければ小さいほど自然に入っていきます。「どうしてママにはおちんちんがないの?」という2、3歳の疑問を大切にし、「そんなこと言わないの」と怒ったりしないことが重要です。
子どもの尊厳やプライバシーを大切にする観点から、一部の自治体や保育現場では、おむつを替える時に仕切りをつくる、トイレを男女で分けるといった配慮が日常化しています。それを見た子どもたちはもちろん、保護者も「小さな子でもプライベートゾーンは大事なんだ」と学んでいくのです。
「はどめ規定」は、教職員が性教育にとりくもうとする際の本質的なブレーキになってしまっています。政治がここに介入し、「寝た子を起こすな」と考えるのは、SNS時代には通用しません。
多様性を前提とした学級づくりを
包括的性教育をすすめるうえで大切なのは、実施にあたって事前に保護者に「連絡」し、「公開授業」にすることです。夕食の場などで親子の会話が生まれれば、家庭での性教育が進化します。
ここでふれておきたいのは、LGBTQ+の子どもたちの現状です。調査によると、彼らの不登校や自傷行為の割合は非常に高く、9割以上が「担任に相談できない」と感じています。その主な理由としては、教職員が情報を勝手に共有してしまったり、「うちのクラスにはいないと思うけど」といった不用意な発言で否定してしまったりするからだそうです。
「この中に当事者がいる」という前提で話をすることが、多様性を自然に受け入れる土壌を作ります。30人学級なら3〜4人は当事者がいてもおかしくありません。体育の授業ひとつとっても、画一的な男女分けではなく、得意・不得意などの個々の特性を考慮し、子どもの意見を反映させていく。そんな一歩ふみ込んだ授業づくりのために、まずは対話から始めてみてください。
全国の先生方へ――「生きる力」をともに育みましょう
「自分がきちんとした性教育を受けてこなかったから教えられない」という方は、包括的性教育に関する本を読んだり、研修に参加したり、外部講師を招いて子どもと一緒に学ぶことから始めてみてはどうでしょうか。それを繰り返せば、教職員も必ずプロフェッショナルになれます。
包括的性教育の土台は人権、すなわち「生き方を考える教育」です。どうか構えずに、スッと入っていってください。今は保育園・幼稚園向けの絵本から理論書まで、素晴らしい教材がたくさんあります。「CSE HUB」や私のSNSでも様々な動画を公開していますので、ぜひ活用してもらいたいと思います。
子どもたちが自分自身を大切にし、豊かに生きていける未来を、一緒につくっていきましょう。応援しています。
◆YouTube (CSE HUB)
https://www.youtube.com/@csehub_org
◆TikTok(尾木ママ_OFFICIAL)
https://www.tiktok.com/@ogimama_official
《出典/画像引用:CSE HUB「包括的性教育(CSE)とは」》
