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【識者の視点⑧後編】災害時に問われる教職員の「人間力」とは――完璧さよりも、その場の最善を求める姿勢
諏訪 清二(すわ せいじ) 防災教育学会会長
1960年、兵庫県明石市生まれ。防災教育学会会長、防災教育実践交流会座長。82年4月に兵庫県立高校の英語教員となり、35年間勤務。舞子高校が2002年に全国で初めて設置した環境防災科の立ち上げに携わり、12年間科長を務めた。災害を生き延びる方法にとどまらず、災害ボランティア、災害体験の語り継ぎなど、子どもたちや教職員、防災教育関係者を対象に活動している。中国、ネパール、スリランカ、トルコ、モンゴルなど海外での活動経験も豊富。兵庫県立大学客員教授、神戸学院大学現代社会学部社会防災学科などで非常勤講師も務める。
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前編では、マニュアルの形骸化を防ぐ視点や、状況に応じた柔軟な防災教育の重要性についてお伝えしました。後編では、災害が子どもたちのいない時間帯に起きた際の安否確認、学校再開、そして避難所運営といった困難な局面を考えます。想定を超える事態に直面したとき、私たちを支えるのは、マニュアルの文言を超えた教職員の「判断力」と、地域のつながりです。
教職員不在という前提での「安否確認」
災害は、子どもたちが学校にいない時間帯にも容赦なく発生します。過去の重大な災害の記録を振り返ると、その事実が浮き彫りになります。
- 阪神・淡路大震災:1995年1月17日(火)5時46分
- 熊本地震(震度7が2回):2016年4月14日(木)21時46分、4月16日(土)1時25分
- 大阪府北部地震:2018年6月18日(月)7時58分(登校中)
- 能登半島地震:2024年1月1日(日)16時10分
過去の震災も早朝や深夜、休日に多く発生しています。2018年の大阪府北部地震のように登校時間に重なることもあり、教職員が揃っていることの方が稀だといえます。
発災直後、教職員の登校率は極めて低くなります。阪神・淡路大震災での私の体験では発災日に学校にやって来れた教職員は1〜2割程度であり、能登半島地震でも近隣に住む数人の職員しか駆けつけられなかった事例があります。つまり、マニュアルに全員の名前があっても、実際には「その場にいる数人」で初動を担う覚悟が必要です。

安否確認の多層化と現実的な課題
発災後、教職員がまず行うべきは、教職員と子ども双方の安否確認です。その手段は多岐にわたりますが、どれも一長一短があります。
- 電話連絡網・回線:輻輳(ふくそう)や不在で時間がかかる。名簿の持ち出しも課題。
- メール・SMS:記録は残るが、通信障害に弱い。
- LINE・SNS:即時性は高いが情報が錯綜しやすい。
- 安否確認システム・アプリ:自動集計は便利だが、ネット不通時には無力。
文部科学省は学校独自の安否確認マニュアルを推奨していますが、システムに返信をくれない子どもも必ずいます。最終的には徒歩や自転車で家庭や避難所を回って確認することになります。こうした多層的な方法を日頃から訓練し、組み合わせることが不可欠です。
子どもの「安心」を回復する学校再開と応急教育
学校再開の意義は、単なる授業時数の確保だけではありません。災害後の学校は、子どもたちが互いの生や存在を確認し合い、日常を取り戻していくための大切な場です。
被災した子どもたちは、家族のために懸命に努力する保護者の姿を見て「心配をかけたくない」と、無理に「良い子」を演じて我慢を重ねてしまうことがあります。その抑圧が後の心の不調につながらないよう、一日も早く友だちや教職員と再会し、遊びや会話を楽しむ時間を回復させてあげることが何よりも大切なのです。
東日本大震災(2011)や西日本豪雨(2018)、能登半島地震(2024)において、文科省は学習指導要領の履修を柔軟化し、オンライン授業や課題学習を認め、授業数不足を翌年度に繰り越せる制度を実施してきました。まずは子どもたちが安心して過ごせる場を提供し、不安を軽減させる。その「応急教育」から段階的に日常の教育へと繋げていきましょう。
教職員に求められる「人間力」と判断の基準
災害時には、指示を待つだけの「指示待ち族」は基本的には使い物になりません。なんでも管理職に判断を求める癖がついていると、いざという時に混乱し、適切な対応ができなくなってしまいます。
情報を集め、相談し、納得して動く
現場で求められるのは、情報を集めて考え、相談し、結論を導き出した上で納得して行動に移す力です。日頃から、子どもたちに求めている「理解力・判断力・表現力」を、教職員自身も使い込んで磨いておく必要があります。
大川小学校の教訓から学ぶ「100%の罠」
大川小学校の遺族の方から、当時の様子を伺ったことがあります。あの時、教職員の方々はグラウンドで「山に登るか、三角地帯に行くか、2階に避難するか」と話し合っていました。「地域の高齢者を置いて逃げられない」「本当に津波は来るのか」といった様々な思いに縛られ、判断が止まってしまったといいます。「もし津波が来なかったら、大げさに山へ逃げたことをどう言い訳すればいいのか」という、責任への不安が足を止めさせてしまったのです。100%の「正解」を求めすぎると、あらゆる案の欠点が気になり、動けなくなってしまいます。

完璧な「正解」ではなく「成解(せいかい)」を
京都大学の矢守克也教授は、唯一の正解ではなく、その場を成功させていく「成解(せいかい)」を求めるべきだと説いています。 かつてトヨタ・カローラが市場を席巻した際、開発主査の長谷川龍雄さんは、どこか一つが100点の車ではなく、家族にとってトータルで80点の「総合点の高い車」を作るという「80点主義」を導入しました。
防災の「備え」は100点をめざすべきですが、災害発生後の学校再開や避難所運営においては、「80点もできればすごいじゃないか」という気持ちを持つゆとりが大切です。完璧を求めて自分を追い込まず、教職員同士や地域の方々と話し合いながら、80点の「成解」を高く評価し合いましょう。
管理職に求められる「場」づくりの力
管理職は、災害への備えの責任者ですが、すべての活動を一人で指示するのではなく、教職員がチームで動ける体制を作ることに力を注いでください。
上意下達ではない「自由な議論」
災害時の行動は、日頃の話し合いの積み重ねで決まります。日常的に教職員の意見を聞き、討論する姿勢があれば、それが非常時の課題解決に直結します。防災を「しなければならない」義務としてではなく、命を守る大切な仕事を「全員で楽しくとりくもう」という雰囲気づくりこそが管理職の役目です。 また、自分自身が登校できない状況を想定し、判断を教頭や複数の教職員に委ねる体制を整えておくことも必要です。
潤滑油としての避難所対応
法律上、避難所運営の責任は市町村にありますが、実際には施設に精通した教職員が実務を担わざるを得ない場面が少なくありません。
現在、文科省の「D-EST」や兵庫県の「EARTH(2000年発足)」といった災害時学校支援チームの組織化が進んでいますが、運営の主体はあくまで行政と地域住民です。少人数の教職員だけで避難所対応にあたるのはあまりにも過酷です。だからこそ、地域の自主防災組織や自治会と日頃から顔の見える関係を築いておくことが、いざという時の大きな助けとなります。
特に管理職は、避難所の「長」として全ての責任を一人で背負い込むのではなく、避難住民、行政職員、ボランティアを繋ぐ「潤滑油」になる覚悟を持ってください。全てを抱え込むことは、心身の健康を害するリスクにも繋がります。校内に、教職員が自由に話し合い、お互いをケアし合える場を意識的に作ることで、組織として持続可能な支援体制を整えていきましょう。
未来を守るための「記録」の継承
最後に、災害時に発生した出来事は、どんなに些細なことでも必ず記録に残してください。パソコンでも付箋でも構いません。
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いつ(日時)
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どこで(場所)
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何が起き(出来事)
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どうしたか(対応)
この記録を後日発信することが、次の災害からだれかの命を守るための「知恵」として継承され、必ず役立つことになります。
防災とは、特別なことではありません。日頃から子どもたちとむき合い、対話し、共に最善を模索する教育の営みそのものが、いざという時の「生き抜く力」へと姿を変えるのです。完璧な正解がなくても構いません。仲間と手を取り合い、その時々の「成解」を積み重ねていく。そのバトンを未来へ繋ぐことが、教職員に託された真の役割ではないでしょうか。
