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TALIS 調査が照らす日本の教育危機—教職員のウェルビーイングを問う国際シンポジウム
日本教職員組合(日教組)は2025年11月7日、参議院議員会館にて国際シンポジウム「国際基準からみる日本の教職員の働き方」を開催した。
本シンポジウムは、OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2024の結果が公表されたことを受け、日本の教育現場が直面する危機的な状況と、子どもの「ゆたかな学び」を保障するための教職員のウェルビーイング確立に向けた具体的方策を国内外の視点から議論することを目的とした。
登壇者は、教育インターナショナル(EI)のデイビッド・エドワーズ事務局長に加え、立憲民主党前ネクスト文科大臣の津村啓介衆議院議員、朝日新聞社の氏岡真弓編集委員、そして日本教職員組合の梶原貴中央執行委員長。
討議は、日本の教職員の仕事時間が依然として調査参加国中「最長」であり、「教員の満足度」調査において「仕事に満足している」「もう一度選ぶなら教員」「働きやすい職場」の項目で最低値となっているという、深刻なデータが示す現実を背景に展開された。

持続可能性を失った現場 EIとの国際連帯と現場の窮状
日本教職員組合の梶原貴中央執行委員長は、開会挨拶において、世界180カ国、375の加盟組織を持つ教育インターナショナル(EI)が国連やOECDといった国際機関に対し、教育の重要性を訴え続けていることに感謝を表明した。特に、ミャンマーの紛争地に実際に足を運び、心身ともに傷ついた子どもたちに寄り添う支援を届けているEIの活動を高く評価した。
その上で、日本の学校を取り巻く勤務環境が「大変厳しい」状況にあると指摘。TALIS 2024では今回も仕事時間が調査参加国の中で最長であることが報道され、子どもの不登校・いじめの認知件数や教職員の精神疾患による病気休職者も再三にわたり過去最多となるなど「危機的な状況」にあると述べた。
政府が「教員は高度専門職」であることを理由に給特法を制定し、「長時間労働は一定解消するかもしれないから我慢してください」という姿勢を取っていると批判。今回のTALIS調査の結果が示す、「多くの業務に追われ、何年たっても解消されない長時間労働に我慢し、その割に賃金は高くなく、仕事への満足度が低い」という実態は、教員が「才能を発揮して働ける環境」にはほど遠いと訴えた。

開会挨拶をする日本教職員組合の梶原貴中央執行委員長
また、持続可能な学校を実現するため、日本教職員組合が掲げる「業務削減」「定数改善」、そして「給特法の廃止または抜本的見直し」という三本柱の実現にむけて、各国との連帯協調を呼びかけてきたことを報告した。
データが示す「最も不健康な働き方」
日本教職員組合の薄田綾子政策局次長によるTALIS 2024調査結果概要報告では、日本の教員の労働実態が具体的な数値で示された。
OECD加盟国の中で、日本の教職員の仕事時間は最長であるにもかかわらず、授業の時間は最小であるという結果を報告。この長時間労働の主因は、授業ではなく事務仕事に割かれる時間が長いことにあるとした。

TALIS 2024調査結果概要を報告する日本教職員組合の薄田綾子政策局次長
仕事と労働環境の満足度についても、世界的には9割の教員が仕事に満足している中で、日本の教員の満足度は78.8%と低い水準に留まる。「もう一度選ぶとしたら教員を選ぶ」という結果は2018年同様に最も低い結果となっており、教員への要求と授業の目的達成との関係においては、「業務量が多すぎる」「教える内容が多すぎる」「採点業務が多すぎる」といった項目で高い数値が記録されていることを詳述した。
さらに、公教育への予算については、国連教職に関するハイレベルパネル勧告ではGDPの少なくとも6%、政府予算支出の20%が望ましいとされる中で、日本の結果は依然として低い状態にあると指摘。業務量が多いために授業に専念できない環境こそが長時間労働の原因であると改めて結論づけた。
国際的な視点と現場の亀裂 日本は太陽系でいうと「木星のあたり」
デイビッド・エドワーズ事務局長は、日本の教職員が直面している問題の規模と緊急性を、政治家や一般の人々に明確に伝えることがEIの課題だと述べた。
日本の教員の労働時間の異常さを説明するために、同氏はある比喩を考案したと語る。統計的な分布を見ると、労働時間が短いフィンランドなどの国々は正規分布として地球の「大気圏内」に収まっているが、「日本は太陽系でいうと『木星のあたり』にあるようなものだ」と表現し、日本の状況を各国と並ぶ位置に戻す必要性を強調した。

日本の教育現場の課題を語る教育インターナショナル(EI)のデイビッド・エドワーズ事務局長
また、TALIS調査を「教育システム全体の健康状態を測る診断ツール」として捉えるべきだと主張し、過去の規制や短縮努力は「必要ではあったが、問題解決には『不十分』であった」と総括。教員の主体性が奪われ、「患者」(教員)の声に耳を傾けることなく多くの改革が試みられてきたことは、健全な教育システムにとって致命的だと指摘した。
EIが掲げる教員政策の柱のうち、日本の教育において最も不足しているのが「時間」であり、事務的な過負荷、専門能力開発、メンタリング、保護者への対応などに、本来使うべき時間が奪われているとした。さらに、教員のやる気の低下が深刻で、若い教員の多くが離職を考えており、彼らは「もし(教職の現状を)知っていたら教員にならなかった」と答えている状況を憂慮した。教員という「レンズ」を通して見た日本の教育システムは、ストレスにより「そのリンパ系は崩壊寸前」にあるとの認識を示した。
教職調整額10%引き上げと残された宿題
津村啓介衆議院議員は、自身の祖父が長年教員を務めていたことから、社会や政治に関心を持ったという個人的な背景を明かした上で、日本の教育課題について政治家の視点から所見を述べた。
教職員の不人気は10年後、20年後の日本社会のあり方に大きな影響を及ぼすとし、この問題は「子どもたちにとっても将来、そして今を生きる上で重要な命に関わる問題になってきている」と強調。解決には、給与・業務時間削減・定数改善が不可欠だと主張した。

立憲民主党前ネクスト文科大臣の津村啓介衆議院議員
今年とりくんだ給特法改正時の議論について、残業代に当たる教職調整額を50年前のルールから段階的に10%まで引き上げていくことになった経緯に言及。その上で、与野党の力を合わせ、法的な拘束力を持つ附則にいくつかの重要な項目を盛り込んだことを強調した。その代表的なものとして、時間外在校等時間を2029年度までに30時間まで減らすこと、各自治体に対してその実施計画の策定を義務づけること、公立中学校の35人学級をすすめること、部活動の地域展開に対する財政的な補助を行うことの4点を挙げた。
また、これらの円滑な進展にはエドワーズ事務局長の指摘通り教育予算の増額が不可欠であるとし、かつて民主党政権が公共事業予算と教育予算を逆転させた例を引用し、「教育予算を増やすということをしっかりやっていきたい」との決意を表明した。また、学習指導要領の見直しについて、教育界が積極的に声を上げるべきだと強く提言し、政治が動こうとしている今、教育現場からの提言を求めた。
日本型学校の「悲鳴」と同僚性の低下
氏岡編集委員は、記者としてOECD調査で注目している三つの指標(PISA、図表で見る教育、TALIS)を挙げ、TALIS調査において日本の教員の仕事時間が3回とも最長であることを示していると述べた。
今回のデータで特に驚いた点として、「教員の不足」と「同僚性の低下」の二点を強調した。小学校校長の47%が「教員が不足している」と考えており、現場からは「質の高い教育も何も、教員がいないんだから十分にできていない」との声が上がっていると報告した。

調査結果を引用して日本の教育現場の課題を指摘する朝日新聞社の氏岡真弓編集委員
さらに深刻なのは、学校の雰囲気における同僚性の低下である。教員の相互信頼は小学校で88.9%から85.0%へ、中学校では83.0%から76.9%へ減少しており、教職員がお互いに助け合う協力的文化も減っていることを指摘した。指導における同僚との協働(授業の見学、教材のやりとり、勉強会への参加)も実際に減っているとした。
こうした状況は「子どもを丸ごと見ていく日本型の学校の悲鳴」と捉えるべきだと主張し、日本の学校が今揺らいでいることを厳しく見なければならないと訴えた。この一因として、政策づくりにおいて、教育現場の声がなかなか行政に伝わっていないと指摘した。
ウェルビーイング確立への道筋 実態調査と定数改善の必要性
質疑応答を通じて、ウェルビーイング確立にむけた具体的な道筋が議論された。
氏岡編集委員は、まずは実態調査をもう少しきちんとやるべきだと主張し、教員不足の問題について、文部科学省の調査から4年が経過していることを指摘した。定数の問題については、少子化の中で財務省が教員の数をどんどん少なくする方向性を示していることに対し、「やはり1校当たりの人数を増やしていくという方向に重点を置かなければいけない」と、未来を見据えた定数改善の必要性を強調した。
梶原中央執行委員長は、課題解決には「社会的対話」が不可欠であるとし、登壇者として並ぶ4者(研究者、議員、ジャーナリスト、組合)のようなつながりを今後さらに強くすべきだと主張した。その道筋として、研究者が明らかにしたエビデンスにもとづき、労働組合が国際産別とも連携して運動を前にすすめ、議員が国会の場でそれを実現していく。この運動を保護者も含む有権者に訴えることで、国民的なコンセンサスを構築することが重要であるとした。2023年にこども家庭庁が発足した際に子ども予算が大幅に増えたのは、国民が「子ども予算が必要である」というコンセンサスを得たからであるとし、「次は教育予算だ」と力強く述べた。最終的には、子どもたちが「何か大事にされているな、学校に行ったらなんか楽しいな」と実感できる「わかる授業、楽しい学校」の原点に帰るべきだと結んだ。

会場では多くの教育関係者やメディア関係者が傍聴、オンラインでの生配信も実施
監視ではなくサポート、そして「知恵」の価値
エドワーズ事務局長は、教員を管理・監督するのではなく、プロフェッショナルとしての「信頼」と「サポート」を与え、専門性を最大限に発揮できる環境を整備することが重要だと指摘した。TALIS調査のようなデータ収集や、現行の職務・職責に応じた人事評価は、教員に説明責任を求めたり、管理を強化したりする目的で使用されるべきではなく、教育現場での的確な意思決定や個々の専門性向上を支援するツールとして活用されることが重要だと訴えた。このような活用法こそが、教職員のウェルビーイングと、その結果としての子どもたちのウェルビーイングを同時に高める理想的な道筋であると強調した。
また、日本の文化的資本を活用することの重要性を強調し、日本が持つ有利な点の一つは、知識よりも「知恵」を重んじる文化であると述べた。知恵は情報の蓄積である知識とは異なり、「経験や同僚との会話を通じて蒸留され、応用の中に存在する」ものであり、今後、OECDやアジアで必要とされるヒューマンスキルを見ると、この知恵は史上最高の価値を持つだろうと予見した。
さらに、AIリテラシーについても言及し、AIは「認知負荷の軽減」と「認知機能の萎縮」という二つの側面で教育に影響を与えるとし、「AIが得意とする技術的スキルだけでなく、人間的なスキル(健全な人間関係の築き方など)の育成が、健全な学校環境にとって不可欠である」と強調した。
未来への決意と課題の継承
質疑応答では、日本の学校が抱える、教員の勤務時間(7時間45分)と、生徒の在校時間(部活動を含め約11時間)との間の根本的な制度設計の歪みが改めて提起された。これに対しエドワーズ事務局長は、教員が生徒への愛や責任感から契約外の追加労働を「ノーと言えず、そのことが罪悪感となってしまう」現状を問題視し、まず「もっと教員を雇う必要がある」と、人員計画の抜本的な見直しを強く求めた。
閉会挨拶に立った日本教職員組合の山木正博書記長は、シンポジウムの成果を総括し、依然として仕事時間が最長のままの現状で、5年間で5時間という短縮は「大きな改善だとは言えない状況」だと確認した。さらに、長時間労働、ストレスといった多くの課題がエビデンスとして示された中で、教職員の献身的な努力で日本の教育が支えられている現状を指摘。「ゆたかな学びを保障するための教職員のウェルビーイングをめざして」というアピール文を共有したうえで、「教育予算の増額や業務削減、教職員定数改善、給特法の廃止・抜本的見直しは欠かせない」と改めて強調した。日本教職員組合は引き続き世界の教職員と連携し、社会的対話を通じて、持続可能な学校教育、教職員と子どものウェルビーイングのためにとりくむとの決意を表明し、シンポジウムを閉じた。

閉会挨拶をする日本教職員組合の山木正博書記長
