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2026/03/05 教育関連記事

【イベントリポート④後編】「連帯」が教育の壁を突き崩す――多様な主体が繋がる性教育の未来

前編での立教大学名誉教授の浅井春夫さんによる基調講演に続き、情報交換会の後半セクションでは、異なる立場から性教育にアプローチする四つの団体による活動報告が行われた。民間企業、国際NGO、ユース主体のNPO、そして歴史ある性教育実践研究団体。各々の専門性を活かした発言は、外部リソースとの連携を模索する教職員にとって、具体的かつ切実なメッセージに満ちていた。

 

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現場の「理論的支柱」として——星野恵さん(性教協)

最初に登壇したのは、一般社団法人“人間と性”教育研究協議会(性教協)代表幹事の星野恵さん。1982年の設立以来、バッシングに抗いながら「科学・人権・自立・共生」を掲げてきた同団体の歩みを振り返り、現在の手応えを語った。「一時は600人台まで落ち込んだ会員数が、ここ数年で1,000人を超え、再び盛り上がりを見せている」という報告は、社会のニーズが確実に変化している証左である。

星野さんは、特に35歳以下の若手会員がLINEを活用して自主的な学習会を継続している現状に触れ、次世代への継承を強調した。また、現在、文部科学省に対して行っている学習指導要領の「はどめ規定撤廃」を求める署名活動についても言及。「現場の教員による実践が思うように増えていかない背景に、この規定がある。ここを突破しなければならない」という強い決意は、制度的な制約に悩む教職員への力強いエールとなった。

 

子どもの「生の声」を橋渡しする——福田眞央さん(TENGAヘルスケア)

続いて、株式会社TENGAヘルスケアの福田眞央さんが登壇した。元・高校の保健体育の教員という経歴を持つ福田さんは、現場感覚にもとづいたICT活用の重要性を説いた。同社が運営する10代むけサイト「セイシル」には、6年間で1万6,000件を超える「生のお悩み」が寄せられており、月間25万人が訪れる巨大なプラットフォームへと成長している。

 

福田さんは「子どもたちが自分に一番納得する答えを自分で探せるよう、回答者を一人に限定しない工夫をしている」と、多様な価値観を尊重するサイト設計の意図を明かした。また、教職員むけポータルサイト「withセイシル」を通じて、授業でそのまま使えるスライドや、養護教員が保健室掲示に活用できる「デートDVチェッカー」を無償提供していることを紹介。民間ならではの「ポップで親しみやすい」リソースは、授業の導入に悩む教員にとって極めて有効な選択肢を提示した。

 

コミュニケーションが世界を変える——關まり子さん(ジョイセフ)

3番目に登壇した公益財団法人ジョイセフ(JOICFP)の關まり子さんは、国際協力の現場から得た知見を国内の教育現場へ還元する意義を語った。若者主体でSRHR(性と生殖に関する健康と権利)を啓発する「I LADY.」事業を通じ、同年代から学ぶ「ピア・エデュケーション」の重要性を強調した。

特筆すべきは、關さんが紹介したガーナでの活動経験である。「性教育プログラムを導入したことで、子どもたち同士の喧嘩が減ったという実感を多くの現場から得ている」という。これは性教育が単なる知識のパッチワークではなく、「自分も相手も大切にするコミュニケーション」の訓練であることを示唆している。關さんの発言は、学級経営や対人関係に苦慮する教職員に対し、包括的性教育が「居心地の良い教室づくり」の基盤になり得るという新たな視点を提供した。

 

自身の経験を原動力に変えて——染矢明日香さん(ピルコン)

最後に登壇したのは、NPO法人ピルコン理事長の染矢明日香さん。染矢さんは、自身が大学3年生の時に経験した思いがけない妊娠と中絶を活動の原点として語った。「人生における大事なことを学ぶ機会がなかった」という痛切な実感が、今のユース主体の活動に繋がっている。

ピルコンでは、海外の優れた性教育動画の翻訳や、遊びながら学べる「ここからカルタ」の開発など、五感に訴える教材を提案し続けている。染矢さんは、自治体の保健所と連携して中高生むけの性教育講演を「予算化」しているモデルケースを紹介し、外部講師を積極的に招き入れることで「教職員も生徒と一緒に学べる環境」をつくれると提言した。一人の「当事者」として始まり、今は「変革者」として社会を動かす染矢さんの言葉は、学校が外部へと開かれることの可能性を鮮烈に印象づけた。

 

ラウンドテーブル「対話が導く理想の教育」

活動報告を受け、会場では20分間にわたる「ラウンドテーブル」が展開された。参加者は立場を超えて車座になり、現場での「もやもや」や未来への展望を語り合った。その対話は、単なる意見交換を超え、包括的性教育を社会全体で支えるための合意形成の場へと昇華されていった。

 

 

議論の大きな焦点となったのは「教職員の孤立」だ。多くのグループから、「教職員一人が専門知識を完璧に備える必要はない。外部団体と繋がり、チームで教育を構築すべきだ」という声が上がった。また、性犯罪の被害当事者や法制度の専門家が加わったグループでは、刑法改正や時効撤廃の視点をいかに教育現場に組み込み、子どもの権利を法と教育の両面から守るかという、重厚な議論が交わされた。

 

一方、教育の「手法」についても独創的なアイデアが紹介された。「性教育を、キッザニアのように楽しく、体験的に学べる拠点を日本にもつくりたい」という壮大な夢が語られ、学校という枠組みを補完するサードプレイスの必要性が共有された。さらに、性的同意を子どもに伝える前段階として、「まずおとなの側が、自分自身の身体意識をアップデートし、学び直す環境を整えるべきだ」という、自省を含めた切実な課題も浮き彫りになった。

 

これらの対話を総括するように、参加者からは「性教育は、分断された社会において個人の尊厳を保障し、人と人を繋ぎ直す『連帯』の営みそのものである」という力強い言葉が発せられた。

 

 

 

分断を越える「連帯のハブ」へ

会の締めくくりとして、基調講演をおこなった浅井さんは、「実践の交流、理論の交流、そして法制度への働きかけの三つのレベルで情報交換を続ける必要がある」と総括。他者の成功事例を真似し合い、それぞれの得意技を合流させることで、バッシングに負けない強い「連帯」を築くべきであるとした。

 

また、CSE HUB代表の尾木直樹さんは、本会の名称に込めた戦略的意図を明かした。

 

「『包括的性教育』と聞いただけで身構えてしまう政治家もいる。だから、CSEと英語にして、つなぐ、つながる拠点になっていきたいと思い、『CSE HUB』にした。中身は一切譲らない。人権や教育の課題を突き詰めれば、必ず包括的性教育に行き着くのだから」

 

尾木さんは、本会を単発のイベントに終わらせるのではなく、永続的なネットワークとして強化していく決意を表明し、閉会した。

 

子どもを「人生の主人公」にするために

本イベントを通じて浮き彫りになったのは、包括的性教育とは、子どもたちが「自分自身の人生の主人公」として、誇りを持って生きるための力を授ける教育であるということ。それは「寝た子を起こす」ものではなく、すでに厳しい現実に晒されている子どもたちに「守る術」を伝える営みに他ならない。

 

性教育における「はどめ規定」や周囲の理解不足という壁に、教職員が一人で立ちむかう必要はない。今回紹介したような専門団体やリソースと繋がり、ハブを通じてチームを形成すること。そして何より、まずおとなが自身の身体意識をアップデートし、子どもたちの伴走者となることが大切である。

 

《参考情報/団体紹介》

一般社団法人「人間と性」教育研究協議会

セイシル(TENGAヘルスケア)

公益財団法人ジョイセフ

NPO法人ピルコン

CSE HUB

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